ジャッカルの日

漫画・ゲーム・映画・怪奇についてバカが感想と考察を書く

明らかに許可取ってない有名人パロディ漫画10選

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※初出「二級河川19 ファミコン無頼」 金腐川宴游会 - BOOTH

 

 「モンゴルの英雄たるチンギス・ハンを侮辱している!」として、 2018年3月号のコロコロコミックが回収騒ぎになった事件を覚えておいでだろうか。この問題に対しての小学館の対応はだいぶ腹立たしかったがそれは置いとくとして、「昔はもっとヤバい漫画いっぱいあったよなあ」などと思い出した人も多かったのではないか。

 そういうわけで、クソガキ御用達のブラウン管無法地帯「有名人パロディ漫画」の中から思い出深いもの、面白かったもの、チンギス騒ぎ以降に買い集めたもの、単純にヤバいものをいくつか紹介しよう。基本的に「タイアップ関連ではない」「当時存命の有名人を扱っている」「少年・少女漫画」から選んでおります。青年漫画を含むと野球・政治 4 コマとかもフォローする必要が出てきてキリがないので…。

 

【もくじ】

 

やっぱ!アホーガンよ

■著者:柴山みのる ■全6巻 ■講談社 
■コミックボンボン1984年5月号~1989年10月号

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 初期こそアホーガンやヌタン・ハンセン、九州力といったキャラたちがプロレスパロディを繰り広げていたが、そのうち下品さが急加速。ウンコとチンチンとオッパイが毎回の如く登場し、男子小学生は大歓喜、真面目なプロレスファンは渋い顔の過激漫画と化す。本作はチンチンの描写に置いては一線を画しており、触手の如く自由自在に動くのはもちろん、大量の水や空気を吸い込んだり、物を食べたり、うんばらほ(チンチンで天を指さすギャグ)したりとなんでもアリ。“男の人格はチンチンに宿る”と言わんばかりの活躍ぶり。
 現在ではプレミアが付いており入手難だが、圧倒的なテンポのよさは今読んでも色あせておらず、今回紹介する漫画の中でも群を抜いて面白い。最終回でもそのテンションは下がることなく、バカボンのパパやSDガンダム、温泉ガッパドンバなどのボンボン連載キャラが集合し「ボンボンもこれで上品になる」と喜んでいるところへ(ドンバは人のこと言えないだろ)アホーガンが乱入。「お前らも道連れじゃ!」と“最終回”と書かれた穴へに引きずり込み、ラストは全員で「うんばらほ~」して終わり。いろんな意味で伝説の作品。

おもしろ度  ★★★★★
ソックリ度  ★★
シモネタ度  ★★★★★
総合危険度  ★★★★★

 

 

わ~お!ケンちゃん

■著者:竹村よしひこ ■全6巻 ■小学館
■コロコロコミック1991年3月号~1994年11月号

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 アホ小学生の“志村ケン太”ことケンちゃんが、クラスメイトの加藤茶太郎、うっちゃんなんちゃん、タンネルズ、松ちゃん浜ちゃん、ライバルのタゲシ軍団といったメンツといっしょにイタズラやウンコやオナラをする話。担任の先生として“おこりや長介”、屁をこくデブの役で”高木ぶー”が出演している(工事は?)。この手の漫画のお約束として登場人物はみな元ネタをもじった名前(明石家イワシ、ヂャーリー浜など)だが、コロッケとウインクはそのまま。一般名詞だから? お笑い界隈だけでなく、当時のテレビの人気者が怒涛の如く出演しており、ネタの詰め込み方もすごい。 30代なら懐かしさで感涙必至、 20代以下は困惑必至。
 本作終了後にすぐ、とんねるずっぽい人たちが主役の『すくーぷ?! ワイド笑学園』が同作者・同誌で連載開始するが、こちらは単行本未発売。まったく記憶に無いな…。

おもしろ度  ★★★
ソックリ度  ★★★
シモネタ度  ★★★★
総合危険度  ★★

 

あほ拳ジャッキー

■著者:ぜんきよし ■全7巻 ■小学館
■コロコロコミック1983年8月号~1987年3月号

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 あほになればなるほど強くなる「あほ拳」の使い手・ジャッキーが、修行のためになんかいろいろする(ウンコとか)。ジャッキーと師匠のフェイフェイ(『酔拳』の師匠そのまんま)、ライバルのブルース・ソーの3人がメインキャラだが、カンフー映画の人気者をそれしか思いつかなかったのか、わりと最後までずーっとこの3人がメインのまま続く。初期こそ学校が舞台だったりしたものの、終盤は「西部の用心棒編」「アホゾンの地底人編」などパロディ番外編が延々繰り返されていた。キャラの体型はどことなく『Dr. スランプ』チックで、同じく鳥山明フォロワーの『超人キンタマン』との合作『あほ拳キンタマン』も存在している。
 今回紹介した中では地味に入手難度が高い。作者のぜんきよしは「小学五年生」誌で『やっぱり?! クワタくん』という、どこかで聞いたようなタイトルのプロ野球パロディ漫画も連載している。このクワタは顔のホクロを自由に動かすことができ、内心で考えていることが度々ホクロ文字になって浮かび上がってしまう…というギャグだけは面白かった。

おもしろ度  ★★
ソックリ度  ★
シモネタ度  ★★★★
総合危険度  ★★★

 

ガバチョン笑劇場

■著者:二宮博彦 ■単行本未発売 ■講談社
■コミックボンボン1987年7月号~1988年6月号

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 明石家タンマ(関西弁の出っ歯)と片岡ズル太郎(まだヨガに傾倒していない頃)、秘書のユキ(苗字不明。お色気枠)の3馬鹿トリオ・ガバチョン商事の面々が、金儲けのために東奔西走。下品で時おりエッチな騒動を巻き起こす。
 「テレビの人気者大集合!」とかいうアオリ通り、ライバル会社の珍村ケーンとカット茶をはじめ確かに有名人に似た連中はよく出てくる。ただホントに顔が似ているだけで、テレビでおなじみのネタをやってくれたりはしないのが少々寂しい。脳に斧が刺さった珍村ケーンがクルクルパーになったり、人気アイドルグループ・光GENKIがブサイクになったり、脈絡なくオッパイが出てきたりと内容自体はわりと攻めてるのだが、単行本未発売のためか知名度は低い。最終回は人食い土人の島に行く話であり、今後も復刻の可能性は低そう。
 作者の二宮博彦はあまり単行本に恵まれない人だが、プレイコミック(秋田書店)で長期連載するなど近年でも活躍中。作者のサイト「彦ぷんの24時間営業中」の著作紹介ページに『ガバチョン笑劇場』の文字は無かったが…。

おもしろ度  ★★★
ソックリ度  ★★
シモネタ度  ★★★★
総合危険度  ★★

 

ぶっとび!リエちゃん

■著者:じょうさゆり ■既刊1巻 ■小学館
■小学四年生ほか 1993年?

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 さっきからウンチやチンチンの話ばかりで、有名人パロディ漫画は男子小学生向けのものしかないのかと思われそうだが、ちゃんと女の子向けの作品も存在します。『ぶっとび!リエちゃん』は4コマがメインで、連載当時は本当に大人気だった宮沢りえ(っぽい人)を筆頭に、タレント・アイドル・歌手・俳優・スポーツ選手・お笑い芸人・直木賞作家・老齢の双子姉妹と、登場する顔ぶれのバラエティ豊かさはぶっちぎり。じょうさゆりの似顔絵は普通に可愛らしいが、ネタ方面は貴花田との破局やヌード写真集、りえママの怪物っぷりをいじっていたりと容赦ない。「芸能界おさわがせ4コマ」の名は伊達じゃない。
 貴花田スキャンダル以降の宮沢りえがネタにしづらくなってしまったのも影響したのか、本作の2巻以降は出ていない。じょうさゆりは『芸能ワンダーランド アイドル1番』を引き続き小学館の学習雑誌で連載しており、こちらは全3巻まで続いている。1巻だけで軽く100人以上の有名人パロキャラが登場している大盤振る舞いっぷりはさすがの一言。懐かしく読ませてもらいました。

おもしろ度  ★★★
ソックリ度  ★★★★
シモネタ度  ★
総合危険度  ★

 

かっとばせ!キヨハラくん

■著者:河合じゅんじ ■全15巻 ■小学館
■コロコロコミック1987年6月号~1994年4月号

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 プロ野球パロディ漫画としてはトップクラスの知名度ではなかろうか。野球を知らない人にもクワタ(がめつくて卑劣)ノムさん(しつこくて卑劣)のキャラクターを広めた功績は大きい。『やったぜ!クワタくん』『ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん』など続編もいろいろあるが、基本クワタが最終的に痛い目に会うオチが多い印象。マツイ登場後はノムさんもロクな目に会わない。
 マツイ移籍後に連載開始した『モリモリッ!ばんちょー!!キヨハラくん』(2003年)では、キヨハラの顔がかなり違っている。まあデビュー当時とずいぶん雰囲気変わってたしね(よく見るとタラコ唇になりギザ歯になっただけなのだが)。あまりに人相が悪かったせいか、「コロコロアニキ」で復活したキヨハラくんは『かっとばせ!』時代の顔に戻っていた。その後キヨがやらかしたせいでいろいろあったのだが、長くなるしおれは全巻持ってないので誰か『キヨハラくん』『クワタくん』『マツイくん』徹底研究みたいな記事書いてください。読みたい。

おもしろ度  ★★★★
ソックリ度  ★★★★
シモネタ度  ★
総合危険度  ★

 

やったね!ラモズくん

■著者:樫本学ヴ ■全6巻 ■小学館
■コロコロコミック1993年8月号~1998年2月号

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 JリーグならぬSJ(スーパージョーダン)リーグのラモズくんが、アルチンド、かず、キタサワといった面々とともにダジャレを言ったりハゲをいじったりする4コマ。単行本は1ページに4コマが1本掲載されており、縦長サイズの変形版。
 さすがベテランの樫本学ヴ、今回紹介したマンガの中でも抜群に絵がうまい。選手たちのデフォルメ具合も完璧だし、たまに出てくる女の子も可愛い。ネタはサッカーとは特に関係ないものが多いが、樫本学ヴはコロコロで『嵐のJボーイ ぶっとび闘人』という真面目なサッカー漫画を本作と同時連載しており、サッカーを知らないはずはない。キャラネタだけで回せるくらい、当時のJリーガーは濃いメンツが揃っていたということでもある。マツイくんばりの野人と化しているアルチンド(台詞が「ウガー」とかばっかり)や、ハゲネタをさんざんいじられるスキカラ(鋤柄昌宏。選手としてはわりと地味)は連載後期まで登場していた。ちなみにラモズは特に必然性なく同性愛者として描かれている。

おもしろ度  ★★★★
ソックリ度  ★★★★★
シモネタ度  ★★★
総合危険度  ★★

 

小泉家のおやじ

■著者:藤波俊彦 ■既刊1巻 ■小学館
■小学四年生ほか 2002年~?

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 日本の首相・小泉ジュンイチローと、父親が総理大臣であることを知らない小学生の息子・コータロー。なんとか息子に尊敬されたいジュンイチローは、氷川キヨシ風にイメチェンしたり、写真集を出したりとあさっての方向へ努力を繰り返すが、コータローの目からは「わけのわからない奇行に走るおやじ」としか見られないのであった。
 政治家キャラとして、嫌われ者のムネオ(デカい黒人秘書・むるあかの肩に乗って移動している)、ナンパのことしか考えていないぶっしゅ、ムネオと仲の悪いマキコ、ボケが入っている塩じーなどが出てくる。そのうち「自民党」と大書された“改革ロボ”や地球を侵略に来た“ツッパリハイスクールロケンロール星人”、“どくどくゾンビ”などよくわからないキャラが登場。政治風刺とは数万キロ遠い場所で大騒ぎが繰り広げられます。ギャグの脱力ぶりも含め、小泉を救国の英雄としてやりたい放題やらせた麻雀漫画『ムダヅモ無き改革』(大和田秀樹)とは逆ベクトルの作品。作者はこれと同じノリでアベちゃんやポッポやトランプの半生も描き、暇な方々に叩かれたりしていた。

おもしろ度  ★★★
ソックリ度  ★★★★
シモネタ度  ★
総合危険度  ★★★★

 

よ!大統領 トラップくん

■著者:コーヘー ■単行本未発売 ■小学館
■コロコロコミック2017年4月号~2017年12月号

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 画になる…というかネタ的な要素では小泉にも負けず劣らずのトランプ大統領も、もちろん漫画になっております。小泉以上に「どれだけイジってもいい」位置にいると思われるキャラクターだし。本作は小学4年生で大金持ち、態度がクソでかいトラップ君(とても小学生には見えない)が主人公。いろいろ好き勝手したあげくヒドい目にあって顔芸でシメ、というのがだいたいの流れ。トラップだけにラップ要素を交えているのがミソといえばミソで、「小学生はダジャレが好きだからラップも好きだろう」くらいの雑なマーケティングを感じられて最高です。ちなみにアニメにもなっており「フリースタイルダンジョン」でもおなじみのラッパー、UZI(ウヂ)がトラップ君のラップを披露している。コロコロ漫画らしくアニメでもトラップくんはラップに乗せて肛門やチンチンを晒したり屁をこいたりしているのだが、これをYoutubeのコロコロ公式チャンネルで全世界に公開していたのはだいぶ度胸ある。

おもしろ度  ★★★
ソックリ度  ★★★★
シモネタ度  ★★★
総合危険度  ★★★★

 

仮面のりどん

■著者:沢田ユキオ ■単行本未発売 
■掲載誌不明(情報募集中)

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 フジのバラエティ『とんねるずのみなさんのおかげです』の1コーナー、「仮面ノリダー」が基。ハナの穴が大きい変身ヒーロー・仮面のりどんが、ジョッカーならぬチョッカーの皆さんとドタバタバトルを繰り広げる。コント仕立てだった「ノリダー」と、『スーパーマリオくん』でおなじみ・沢田ユキオとの相性は抜群。ギャグ7割、バトル3割のわりかし元ネタに忠実に再現した内容になっていた。敵怪人は「タコ男」など当然オリジナルで、のりどん強化形態の「すーパーのりどん」なども出ていた。(今回は現物を入手できなかったので、当時読んだおれのおぼろげな記憶による記述)
 Wikipediaには「1989年ごろのテレビランド(徳間書店)に連載」という記述もあったが、当時のテレビランド誌を読み返しても確認できなかった。冷静に考えれば東映お膝元の雑誌で堂々と「ノリダー」パロを連載するわけはないよな~という気もする。沢田ユキオがテレビランドの巻末で連載していた「どんちゃんランド」の1989年6月号で、仮面ノリダーのパロディ「仮面ノリドン」をやっていたのと混同されているのかもしれない。この回は“つゆ男”なる怪人が最終的に“ケーキ男”に変身し、「ハッピーバースデーつーゆー」と歌うカオス展開。

おもしろ度  ★★★★
ソックリ度  ★★★★
シモネタ度  ★
総合危険度  ★★

 

まとめ

 特にありません。

 

 

有名人パロ漫画落穂拾い

●『ごっちゃん!若貴ブラザーズ』(柴山みのる/既刊1巻/デラックスボンボン) 

 『アホーガン』の柴山みのる先生、次なる標的は角界だった! アホで下品なお兄ちゃんの“若穴田”と、お兄ちゃんより人気者でわりとアホの“貴穴田”がチンコを振り回したりウンコをしたりします。『アホーガン』とやることがほとんど変わってなかったためか、本当にどっかから怒られたためかどうかは知らないが、単行本は未完結。最終回は「超能力を持った赤ん坊の殺し屋に狙われ、胴体を真っ二つにされるものの普通に身体が生えてきて再生したのでめでたし」というデタラメな内容なので特に読まなくていいです。

diary.midnightmeattrain.com


 

●『バビブベボブボブ!さっぷくん』(重岡秀満/全3巻/コロコロコミック)

 小学生の“さっぷくん”がクラスで大暴れするお話(物理的な暴力で)。あけぼのを始め有名人は多数出演しているのだが、ボブ・サップ公認のタイアップ漫画なので今回のセレクトからは外れた(曙の許可は取ってないと思うが)。

 

●『がぎぐげゴジラくん』(御童カズヒコ/単行本未発売/デラックスボンボン)

 ゴジラ松井は誰が描いても同じ顔になるんだな、ということがよくわかるプロ野球パロディ。読者による「プロ野球選手似顔絵コーナー」が毎回設けられていた。

 

●『ど~んとドラゴン・キッドくん』(松下幸志/全4巻/コミックボンボン)

 兵庫のプロレス団体、闘龍門JAPANとのタイアップ漫画。プロレス小学校「闘龍門」に転校してきた小学生、ドラゴン・キッドくんが主人公のギャグバトル漫画なのだが、チンチンをロープ代わりにしたりリング上でウンコを漏らしたりと『アホーガン』ばりのお下劣殺法が頻出。闘龍門の懐の広さがすごい。

 

●『サウエとラップ ~自由形~』(陸井栄史/既刊1巻/週刊少年チャンピオン)

 サイプレス上野監修の青春ラップ漫画。さえない高校生の佐上(サウエ)と魯良(ロヨシ)が、他校の番長や校長先生相手にラップバトルを繰り広げる。中盤以降は「パン工場のバイトで目の前を流れていくパン」や「同級生でオナニーしようとしたときに目の前に現れた己の男性器を概念化した何か」など、よくわからないものと戦っていた。漫画内のQRコードを読み込むと、作中のラップバトルを有名ラッパーが再現した動画を見られるという無茶苦茶に手間がかかったタイアップをやっている。単行本未完結はもったいなさ過ぎ!

 

 

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 以上です。

『人間兇器』―10分でわかる美影義人の逃亡浣腸人生

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 原作・梶原一騎、画・中野喜雄によるバイオレンスカラテアクション『人間兇器』をKindle Unlimitedで読んだんですが、たいそう面白かったし酷かったです。

 

 Kindle Unlimitedはバイオレンス、ノワール系の劇画もなかなか充実している。少年漫画らしからぬ過激さの『ドーベルマン刑事』、特に警察ではない主人公が毎回数億円稼ぎだして十数人くらい殺す『野獣警察』、極悪非道の殺人鬼が終盤なぜか普通のヒーローになってしまう『堕靡泥の星』などなど…。
 この系統では大御所中の大御所、梶原一騎原作作品もわりと充実している。『カラテ地獄変牙』『新カラテ地獄変』『若い貴族たち』『男の星座』、いずれもカラテ暴力と暗い情熱と時事ネタ混じりのハッタリに満ちた傑作ぞろいだが、それらの中でも個人的に衝撃を受けたのがこの『人間兇器』である。具体的に何がスゴいのかというと主人公の美影義人で、ここまで最悪かつ情けない男はなかなか見られるものではない。なりそこないダークヒーローであり、長編劇画の主人公としては完全に失格レベル。

 梶原先生のバイオレンス劇画の主人公には「強いけどめちゃくちゃワルくて暴力的、頭も回るけどその一方で俗な部分が抜け切れていない」みたいな男がよく出てくるが、『人間兇器』の美影はマイナス要素の振り切れ方があまりに大きすぎる。気に入らない相手はカラテで殴り、カラテで敵わない場合は人質を取って逃げ出す。女を見れば犯し、それが上流階級の女であれば浣腸する。こいつの人生は暴行と逃亡と浣腸の繰り返しで、それ以外の要素は一切無い。自分より弱い者には強く強い者にはとことんヘタレる情け無さ、なにをやっても長続きしない根性の無さ、性欲のせいでいらん失敗を何度も繰り替えす学習能力の無さ……。なにひとつ人間として評価できる部分がない。こんな男が主人公の作品を「半自伝である」と言い切ってしまう梶原先生もすごい。

 以下、備忘録を兼ねて『人間兇器』全巻のあらすじを、個人的に好きな美影の登場シーン(命乞い中心)を添えつつ記していこうと思う。

 

【『人間兇器』1~6巻 あらすじ】

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『人間兇器』1巻22ページ

 本作は主人公・美影が少年院にブチ込まれたところから始まる。主人公が少年院から始まる梶原漫画も多すぎて、おれみたいなニワカだとどれが何やらはっきり思い出せないのだが、美影の場合は「黄金バットが嫌い」というひときわイカれた動機で少年院行きが決定しているので印象深い。「正義の味方なんぞ糞くらえ」という幼稚な理由で振るわれた暴力、いかにも思春期特有の衝動という感じがするが、全23巻に及ぶコイツの人生はすべてこれと同レベルの動機で人に迷惑をかけまくっているだけである。

 

 美影は実践空手「空心会」に入門し、そこの総帥である大元烈山に才能を見込まれる。「自らを最強の兇器として鍛え上げる」との野心を抱き、気に入らないヤツを半殺しにしたり女をレイプしたりする傍ら空手に励む美影だったが、桔梗十八郎と名乗る腕利きにボコボコにされ最初の挫折を味わう。

 空心会の勢力拡大のため鹿児島に送り込まれた美影は「旭掌拳」なる流派の総帥、盲目の美女・朝日奈薫子であることを知り、下卑た欲望丸出しで襲いかかるが、これまたボコボコにされてしまう。桔梗と薫子の過去の因縁を知った美影は「殺される!」と怯え、なんの関係もない女子大生を人質にして立てこもるものの、激高した桔梗に完膚なきまで叩きのめされる(当たり前)。

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『人間兇器』2巻199ページ

 進退窮まった美影は「たひゅけてくれえ~~ッ!! たひゅけて……ひょれだけは……あ……あひゃまる!」と謝罪するが当然聞き入れてもらえない。身から出た錆とは言え大ピンチ! といったところで大元烈山先生が助けに来て桔梗をカラテ制裁してくれたので助かった。ここまでの詰め込みっぷりでわずか2巻である。この後、美影が世界を股にかけてヤンチャの限りを尽くし、どうにもならなくなった時点で烈山先生が助けてくれるがすぐに逃げ出してまた同じようなことを繰り返すという展開が延々続く。

 

 なぜか薫子といい仲になった美影は子供まで作るが、親になるのはまっぴら御免と、薫子から逃れるように空心会・ニューヨーク支部へと身を移す。暗黒地下プロレスvs大元カラテの抗争を経たのち、ハリウッド女優に浣腸したりなど好き放題したあげくチンピラ連中を配下にして空心会を裏切り、カラテ試合による全面戦争をしかけるが大方の予想通り完敗。暗殺者を雇っていたのもバレてしまい、試合場から逃げ出して行きずりの女を人質にしたりするが兄弟子たちにとっ捕まえられる。

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『人間兇器』6巻173ページ

 人間サンドバッグにされた美影は「たッ 助けてくれえ~~!! 命ばかりは……腕一本くらいで ゆ 許してくれえ!」と命乞い、なんとか烈山先生に許してもらう。逃げだすようにフロリダへと身を移した美影はホモを殴って女をレイプするのであった。「美影義人よ 何処へゆく⁉」(6巻最終ページより)

 

【7~11巻 あらすじ】

 美影は覆面ヒールレスラー「ザ・カミカゼ」と名乗り、メキシコプロレス界で名を上げていた。悪役としての生活に飽きた美影はプロモーターの娘を浣腸したり、恥ずかしい写真を撮ったりして脅迫するのであった。

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『人間兇器』7巻116ページ 

 悪役から一転、ヒーローとして映画の主役まで張るようになる美影だが、大元烈山と空心会がメキシコくんだりまでやって来てザ・カミカゼの正体を暴きにかかる。美影はメキシコ最強の悪役レスラー・台風仮面サガトラと烈山の試合を組み、プロレスにかこつけて烈山を抹殺しようと企むがもちろん烈山が勝利。ビビった美影は試合会場を後にしキューバまで逃亡。

 

 おりしもキューバは革命の真っ最中であった。牢獄にとらえられた美影は「自分は革命軍の忠実なる味方のつもりでありまーーすッ」と囚人たちの脱獄情報を密告、その功績を認められ革命軍のカラテ教師となる。しかしカラテ鍛錬と称して女をいたぶっていたところをチェ・ゲバラに見咎められまた投獄。この後もアメリカンマフィアとの交渉の人質にされたり、マフィアのボス・ロッコの情婦マチルダを寝取ったりしたのち、マフィアに取っ捕まってしまう。地下プロレス界に放り込まれ「カラテ・キッド」としてデビューすることになった美影。その頃、マチルダはロッコの部下に浣腸されていた。

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『人間兇器』10巻176ページ 

 マチルダと美影との関係を知ったロッコは美影の処刑を決定。窮地の美影を救ったのは、彼を追って地下プロレス界に女ファイターとして潜入した薫子と、毎度の如く大元烈山であった。FBIとの関係をちらつかせてマフィアを黙らせた烈山は美影と薫子を地下プロレス界から解放する。

 

 

【12~15巻あらすじ】

 薫子、そして息子と再会した美影は日本へ帰国する途中でハワイに寄るが、女をレイプした後ボートに乗って逃亡、遭難してしまう(もうこの辺りまで来るとこいつの無計画性とこらえ性の無さには驚かなくなる)。美影が流れ着いたのはロカビリーの帝王、ブルボン・バルチモアのハーレム別荘であった。ブルボンの警備兵を倒して島を乗っ取り、ソドムの市の如く堕落した楽園生活を繰り広げる美影。

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『人間兇器』12巻167ページ 

 だが戦闘ヘリから潜水艦まで持ち出して大挙訪れたハワイ警察の前には手も足も出なかった。人質を盾にする美影に対し、ハワイ警察は薫子を説得のため向かわせる。もうこの人には何を言ってもムダだと(ようやく)悟ったのか、薫子はカラテで美影を黙らせた。

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 『人間兇器』13巻75ページ 

 裁判にかけられ、懲役20年の判決を受けた美影は薫子に向かってわめき散らす。「う 恨んでやるぞおッ 貴様!! 恨んで恨んで呪い殺してやるう! い…いや おれが悪かったんだッ 恨まねえから まだおれをすこしでも愛してるなら 子供のためにもよう 腕利きの弁護士を雇って上告してくれ~~!!」

 

 ネバダ砂漠の刑務所に収監された美影。カマを掘られたり、面会に来た大元烈山にビビり散らしたりして、己の兇器がいかに卑小なものであったかを思い知る。囚人たちに目をつけられイビられる美影だったが、読者にとってはおなじみの命乞いムーブを利用してまんまと脱走を果たす。

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 『人間兇器』13巻183ページ 

 でかい岩をこちらに投げつけるよう囚人たちを誘導し、電流有刺鉄線網を破るという頭脳プレイであった。命乞いっぷりが堂に入り過ぎていてとても演技に見えないが。

 逆ギレした美影は刑務所所長の家へ押し込み、妻と娘を人質にしてヘリコプターで逃亡。さすがに世界的な凶悪事件として報道されてしまい、美影との関係を糾弾された大元烈山の空心会は全支部を閉鎖する羽目になってしまった。

 ロッキー山脈へとヘリを向かわせた美影だったが、パイロットの機転によりひとり雪山に取り残されてしまう(ざまあ)。ほぼ素っ裸の状態で冬山をさまよう美影の前に現れたのは…巨大グリズリー! 失禁する美影の脳裏を走馬灯が走る。

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『人間兇器』14巻114ページ

 この後も悪運尽きず、グリズリーを倒したのちガールスカウトを人質にして国外逃亡を図る美影だったが、パイロットに変装した烈山の三角蹴りで失神、ネバダ刑務所に再収監される。当然ながらブチ切れた所長に熾烈な拷問を受けるも、面会に来た烈山はネバダ刑務所のカラテ教官として就任。美影は烈山とともに囚人たちを指導する立場となった。ちなみにこうまで烈山が美影の面倒を見てくれる理由は「後継者としてふさわしい素質があるから」というもの。いくら素質があっても国際的な重犯罪者だし、コイツの性根は一生直らんと思うのだが、案の定烈山の真意を聞いてもなお「後継者というからには終身班同然の身をいつかは刑務所から出す算段があるらしいぜ!威張りまくって快適に暮らさにゃ!」と何一つ変わっていない美影。そうでなくっちゃ!

 

【16~18巻あらすじ】

 烈山とともに女子刑務所へカラテ指導に来た美影は、サディストの女医が囚人に浣腸している場面を見て興奮、女医に馬用の浣腸を施しているところを烈山に見られてしまう。帰りの車内で延々と弁明を続けているうち、沈黙を保っている烈山に恐怖した美影は車を飛び降り逃走。速攻で捕まりお仕置きされた。

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『人間兇器』16巻112ページ

 ヤケクソになった美影(こいつはいつもヤケクソだが)は隙を見て再び逃走を決行。銀行強盗ののちCIAにとらえられるが、反戦のシンボルとして名高い歌手、イブ・レスリーをカラテで始末することを条件に日本への帰国を許されるのであった。日本への飛行機内でイブを殺せという指令を受けるも普通に失敗した美影、もう後はないとホテルのボーイに化けてイブの部屋へ潜入。だがイブは末期の梅毒だったため犯すことができず、そのまま説得されて何もせず部屋を出るのであった。まともな仕事・闇の仕事に関わらず、ここまで何一つ完遂できない男もそうはいないと思う。

 CIA、そして帰国した大元烈山から身を隠すように、スケバン連中のヒモになりながら機をうかがう美影だったが、ふと薫子が暮らす沖縄へ行こうと思い立つ。が、沖縄の地で美影が見たのは薫子と名も知らぬ自分の息子、そして彼らの夫として、父として暮らす桔梗十八郎の姿であった。さすがに心が折れた美影はヤケクソになり(こいつはいつもヤケクソだが)、米軍の女憲兵をレイプ。憲兵の通報で居場所をCIAに知られることとなるが、いつの間にか沖縄に来ていた烈山に救われるのであった。よかったね。

 

【19巻~23巻あらすじ】

 大元烈山は空心会に代わる新団体「ザ・格闘技」を立ち上げ、プロレスに挑戦状を叩きつける。団体に加えるつもりなのか、「心身を鍛えよ」との書状を薫子に持たせ美影のもとへ使いに出す烈山だったが、美影は烈山の名前を聞いただけで怯え、書状も読まずに逃げ出してしまった。

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『人間兇器』19巻88ページ

 ザ・格闘技は旗揚げ興行として、プロレスと懇意にある全米マーシャルアーツとの試合をマッチングする。会場に潜り込んだ美影はカラテの弱点をマーシャルアーツ側に流すが、もちろん烈山は勝利してしまう。プロレス側は引き続いての情報提供を美影に求め、次なるザ・格闘技への刺客、超巨人ミゼラブルのスパーリング相手としてスカウト。弱みを握られているため従わざるを得ない美影は、ミゼラブルに尻も捧げることになった。

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『人間兇器』20巻92ページ

 ミゼラブルはさすがに強く、大元烈山との試合は引き分けとなり、お互いにメンツを保つかたちとなった。それはそれとして、特に必然性もなく悪役女子レスラーと組んで売れっ子女子プロレスラーに浣腸していた美影は女子プロレスオーナーの怒りを買ってしまう。怯えた美影は「薫子を代わりに戦わせるから許してくれ」と、ここまでの最低発言ムーブをなお更新する外道プレゼンで難を逃れる。その頃、当の悪役女子レスラーは水道浣腸されていた。

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『人間兇器』21巻39ページ

 薫子は覆面レスラー「ミス・桜」としてデビューし大人気となった。よかったね。

 さて、プロレスからの大元烈山への次なる刺客は“幻の帝王”こと覆面レスラー、ミスター・フー。フーのスパーリング相手として呼ばれた美影だが、彼のカラテはまったく通用せず、学ぶところの無い用無しと認定される。見捨てられそうになった美影は「薫子を大物政治家・五木玉堂に抱かせるから、おれを海外に脱出させてくれ」と懇願。どこまでも“最低”のハードルを下げてくる男。五木と薫子との密会写真を隠し撮りした美影は五木を脅迫、みごと秘書としての地位を手に入れるのであった。

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『人間兇器』21巻161ページ

 いよいよ大元烈山とプロレス界最強の刺客、ミスター・フーとの金網デス・マッチが始まる。政治家秘書としての立場を最大限に利用する美影、「烈山を冒涜するにはデス・マッチをレズ・マッチのかたわらに見るしかない」というよくわからない理屈のもと、大物スターとその付き人を裸にひん剥きながら試合を見守るのであった。結果は烈山の勝利、ミスター・フーの正体はプロレスの神様ことカール・イスタスであった。烈山が大物レスラーに勝つ→烈山のカリスマが復活→自分は再び狙われる、という方程式を即座に描いた美影は錯乱、五木の信頼を得るため与党代議士の娘の尻をテニスラケットで叩くなどハッスルする。

 

 五木は政界での地位をさらに固め、美影も第一秘書としてその立場を盤石なものとした。一方、烈山は覆面を脱いだカール・イスタスとネイルボード・デス・マッチで再戦。死闘の末イスタスは発狂した。カール・ゴッチがモデルのキャラクターがヨダレを垂らしながらへらへらと笑うビジュアルはなかなかに壮絶なものがある。「これもすべて美影のせい」と断じた烈山は(半分以上は烈山のせいでは?)総力を挙げて美影の抹殺へと向かう。

 烈山、薫子、桔梗をはじめとするザ・格闘技の精鋭は、堕落した生活を送る美影を別荘にて追い詰める。「空手家として烈山と戦い、そして死ね」との勧告を受けるも「じょ……じょッ 冗談じゃねえ! こ こちとら秘書稼業とゼニ勘定でカラテなんざ忘れかけてるってのに……ヒィッ」と、自分の息子を人質にして逃げだす美影。逃走中に女暴走族に絡まれ腹を立ててカラテ制裁、裸で逆立ちさせ大喜び。そんなことをやっている間に烈山たちに追いつかれてしまった。

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『人間兇器』23巻214ページ

 「ワ…ワッ アワワワワッ!! おッ おれをどうしようってんだあ!? い 現在のおれは政界の巨頭・五木玉堂の秘書だぞォ 筆頭秘書だぞ! ら…来年は衆院選に打って出る身なんだッ あんたらとは別世界の人間なんだあ もう!」「大元先生ッお許しを!! た 頼むう 後生だッ薫子……薫子さん おれ達のあの子のためにも命乞いしてくれよッ 立派な父親に生まれ変わるから! 誓います!!」しかし美影の必死の虚勢、最期の懇願に耳を貸す者は誰もいなかった。研ぎ澄まされた兇器にならんとしていた男は、他人の兇器に成り下がることで研鑽を忘れた。錆びついた兇器の一振りは、大いなる畏怖と感謝を抱くべきであった師にも、共に己を磨くべきであった門下生たちにも、本来は刃を剥けるべきでなかった妻や子にさえ届くことはなかった。

 

 最終的に美影は息子を守って死ぬのだが、果たしてそれは彼が最後に目覚めた良心から来るものだったのか。何度失敗しても、何度裏切っても救済の手を差し伸べてくれた烈山がついに見限った時、ようやくひとかけら残されていた良心が姿を見せたのか。

 「生き汚い」という言葉をここまで体現しているキャラクターはいないんじゃないかと思うほど、美影の生きざまは強烈だ。それと同時に描かれるのが大元烈山という人間の得体のしれない狂人っぷりであり、この一点においては大山倍達と彼をモデルにしたキャラクターが登場するどの類似作品と比べても勝っているんじゃなかろうか。美影の生きざまは感動や共感とは程遠く、あなたの人生を豊かにしてくれるものかどうかは甚だ疑問であるが、本作に23巻まで続くパワーと読者からの支持があったこともまた事実である。とりあえず本作を読んで「梶原一騎すげえなあ」と思ったかたは、残虐さと陰惨さがパワーアップしたダークカラテ最終章『新カラテ地獄変』(原作・梶原一騎 画・中城健)も読んでいただきたいものです。

【映画】『ミッドサマー』と家族オナを観た

 映画『ミッドサマー』、マジで最悪の147分間でした。不穏な緊張感がず~~~っと続いて気の休まる時がほとんど無く、なんでカネ払って厭な気分にならなければならないのかと。最高に最低の映画体験。もう虜。
 監督は「ボクはこれをホラー映画とは思ってないよ! ぜひカップルで観てね」などと満面の笑顔でサイコパス学校の校長みたいなコメントを残していたが、枠組みは言ってしまえば典型的な「田舎ホラー」のソレである。文明と切り離された独自のコミュニティに余所者が紛れ込み、奇祭に目の当たりにし、タブーを犯し、1人ずつ排除されていくという朝起きたら夜に寝るレベルのお約束だが、舞台となる白夜のホルガ村の抜けるような青空と色とりどりの花々、ファンタジーのような住民たちが異様な雰囲気を醸し出す。
 映像とサウンドは「小手先」のしゃらくさいテクがあちこちに最大限使われており、これがまた最大限効果的にこちらのMPを削って来るので腹立たしい。オープニング各所の場面転換、鳴り止まない不協和音、泣き止まない赤ん坊、かすかに聞こえる悲鳴と絶叫(劇中の村人たちがまったく反応しないせいで、観ている方も空耳だったのかなと不安になってくる)、ドラッグのせいで歪む視点などなど…。凝ったつくりのパンフレットには「知ってないと気付かないよ!」みたいなネタバレ、小ネタがいろいろと書かれて確認のためもういちど観てみたいのだが、観たくない。観たいけど今じゃない。この人の映画見ると頭の中がサウナと水風呂の交互浴みたいな状況になるので、ぶっ続けで3回くらい観ればメンタルがととのうかもしれないが。

 

 

 パンフでも言及されていたアリ・アスター監督の初期作「The Strange Things About The Johnson's」をYouTubeで観た。息子のオナニー現場を見てしまった父親、「みんな誰でもやってることだから! 気にすんなよ! ゴメンね!」と優しく諭すのだが、息子がオカズにしていてのは当の父親本人だった。そして始まる息子から父親への性的虐待の日々…という、もうこれ家族の崩壊とかいうレベルじゃねえなという短編。翻訳はされていないが、英検3級のおれでも雰囲気はなんとなくつかめる。

 


 あと「この作品を観た人々の反応まとめ」が普通に良いです。ナイスリアクション。

 監督の映画はどれも「家族」を描いたもので、その歪みッぷりがハンパないみたいに言われいたりもするが、この監督、家族を歪んで見ているのではなく、普通の人なら目をつぶる歪みが見えてしまうタイプなんだろうなと思う。家族と言えども他人。夫婦だったらなおさらだ。ホラー映画は「最悪」を描くことで我々の人生に後ろ向きな慰めと活気を与えてくれるが、ある意味最良の家族関係を描くと同時に最悪の男女関係を描いた『ミッドサマー』は確かにカップル向きの映画なのだろう。

 

 『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』と続けて観ると監督の作風がはっきりわかってきて面白い。家族についてもそうだし、ラストでの全員集合とか…。個人的に『ミッドサマー』は高く評価するが、わけのわからない不穏さで圧倒している『ヘレディタリー』のほうが好みではある。次回作はどうなるんだろうなあ。「また同じことやるのかよ~でもやっぱし最高!」になるのか、「こういう引き出しもあったんだ!」と驚かせてくれるのか…。